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仙台地方裁判所古川支部 昭和59年(ワ)104号 判決

原告

佐々木ミエ子

ほか三名

被告

佐藤善夫

ほか一名

主文

原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告佐々木ミエ子に対し金七〇四万七五九二円、原告佐々木栄太郎、原告鈴木かをる、原告北村きよ子に対し各金二三五万五八六四円及び右各金員に対する昭和五八年七月二三日から各支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五八年七月二三日午後五時三〇分頃、宮城県栗原郡金成町有馬字方馬合佐野原一〇三番地の一先路上において、自転車に乗つて道路を横断中の佐々木辰四郎は、被告佐藤善久運転の自動二輪車に衝突され、その結果、辰四郎は、右事故による外傷に基づく脳動脈閉塞症、脳動脈瘤のため同月二七日死亡した。

2  被告らの責任

(一) 被告佐藤善夫

被告善夫は本件事故当時、右自動二輪車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告佐藤善久

本件事故は、被告善久が前方注視を怠り、かつ、通行区分違反を犯し、漫然進行した過失により発生したものであるから、同被告は民法七〇九条に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告らは、本件事故により次の損害を蒙つた。

(一) 治療費 金二万五八五七円

(二) 入院雑費 金五〇〇〇円(一日一〇〇〇円、五日分)

(三) 付添看護費 金一万七五〇〇円(原告ミエ子付添、一日金三五〇〇円、五日分)

(四) 逸失利益 金一一二〇万三六二七円

本件事故当時六六歳であつた辰四郎は、本件事故にあわなかつたとすれば、七年間就労し、その間、昭和五七年「賃金センサス」による男子労働者六五歳以上の平均給与額に五パーセント加算した額(年間金二七二万四七五〇円)を下らない収入を得ることが可能であつた。そして辰四郎の生活費は右収入の三割とみれば十分であるから、これを右収入から控除した純収入が、本件事故により失つた得べかりし利益である。これを新ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故時現在の一時払い金額に換算すると金一一二〇万三六二七円となる。

2,724,750×(1-0.3)×5.874=11,203,627

(五) 慰藉料 金二〇〇〇万円

辰四郎及び原告らの慰藉料は金二〇〇〇万円を下らない。

(六) 葬儀費用 金九〇万円

(七) 相続

原告ミエ子は、辰四郎の妻として、その余の原告らは子として、同人の右(一)ないし(四)及び(六)と(五)のうち辰四郎の慰藉料の損害賠償請求権を法定相続分により相続したので、これに右(五)のうち原告ら固有の慰藉料を加えると、結局、原告らが本件事故によつて蒙つた損害は、原告ミエ子につき金一六〇七万五九九二円であり、その余の原告らにつき各金五三五万八六六四円である。

(八) 損害の一部填補(合計金一九三三万六八〇〇円)

原告ミエ子は自賠責保険金として金六四〇万七五九二円、その余の原告らは同保険金として各金二一三万五八六四円の各支払を受けたので、右損害額からこれを控除すると、その残額は、原告ミエ子につき金六四〇万七五九二円、その余の原告らにつき各金二一三万五八六四円である。

(九) 弁護士費用 金一三〇万円

原告らは、被告らが右損害金の支払につき誠意を示さないので、原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任したが、弁護士費用中原告ミエ子分につき金六四万円、その余の原告ら分につき各金二二万円を被告らに負担させるべきである。

4  よつて、被告らに対し連帯して、原告ミエ子は金七〇四万七五九二円、原告栄太郎、原告かをる、原告きよ子は各金二三五万五八六四円とこれらに対する本件事故発生の日である昭和五八年七月二三日から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

第1項の事実中、原告ら主張の日時、場所において、被告善久運転の自動二輪車と辰四郎と接触したことは認めるが、事故態様は否認する。第2項の(一)の事実中、右自動二輪車が被告善夫の所有名義であつたことは認めるが、その余は否認する。同項の(二)は否認する。第3項の損害額のうち、治療費と入院雑費は認め、その余は争う。同項の(八)のうち、原告らが被告らから自賠責保険金により金一九三三万六八〇〇円の賠償を受けたことは認める。

三  被告らの事故態様に関する主張

本件事故現場は、南南西築館町方面から、北北西一関市方面に通ずる道路と、北北東有壁駅に通ずる道路とに分岐している変型三叉路であつて、信号機により交通整理の行われている交差点であり、被告善久は自動二輪車を運転し、築館町方面から一関市方面に向け進行中、右三叉路を、青色信号に従い、時速約四〇キロメートルの速度で有壁駅方面に右折し本件事故現場にさしかかつたところ、それまで有壁駅に通ずる道路の左側歩道上を自転車を押しながら有壁駅方面に向け歩行中であつた辰四郎が、自転車に乗り突如として、信号表示に従わず、進行方向左から右に向かつて横断したのを、前方約六・三メートルの至近距離に発見し、急制動の措置を措つたが間に合わず、同人と衝突したものである。このように、本件事故は、専ら、辰四郎が、信号表示に従わず、何らの合図をすることなく、かつ、被告善久運転車の動向に全く注意を払わず、突如として道路を横断したことによつて発生したものであり、被告善久に何らの過失はない。

四  被告らの因果関係に関する主張

辰四郎は、同人が本件事故前より罹患していた脳血栓症による中枢性呼吸麻痺によつて死亡したものであり、本件事故が、脳血栓症に若干の影響を与えたことは否めないにしても、その程度は同人を死に至らせる程のものではなかつた。従つて、同人の死亡と本件事故との間に因果関係はない。

五  抗弁

(一)  免責

前記三のとおり、被告善久に運転上の過失はなく、事故発生はあげて被害者辰四郎の過失によるものである。また、被告善夫に運行供用者としての過失はなかつたし、前記自動二輪車に構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告らは免責される。

(二)  過失相殺

仮に、被告らに損害賠償責任があるとしても、本件事故については、辰四郎にも前記の重大な過失があるから、賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきである。

(三)  損害の填補

被告らは原告らに対し、本件賠償金として金一九三三万六八〇〇円を支払つた。

六  抗弁に対する原告らの認否

五の(一)、(二)は否認し、(三)は認める。

第三証拠

記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  原告ら主張の日時場所において、被告善久運転の自動二輪車と辰四郎(当時六六歳)が衝突したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証の七、八、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人長沢文龍の証言によれば、本件事故により、辰四郎は頭部挫創を伴う打撲傷、右大腿骨大転子骨折を伴う打撲傷、右下腿皮下出血を伴う打撲傷の傷害を負い、約二ケ月の加療を要すると診断され、事故当日の昭和五八年七月二三日一関市の三神病院に入院したこと、そして、右入院中の同月二七日死亡するに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  成立に争いのない乙第三号証の四、第三号証の五の一、二、第三号証の六、被告善久本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

事故現場は、築館町方面から一関市方面に通ずる道路と、有壁駅に通ずる道路とに分岐している変型三叉路であつて、信号機により交通整理の行われている交差点である。被告善久は、自動二輪車を運転し、青色信号に従い、同交差点を築館町方面から有壁駅方面に右折する際、進路前方の同駅に通ずる道路左側歩道上を自転車を押しながら同駅方向に向かい歩行中の辰四郎を認めたが、辰四郎がよもや道路を横断することはないものと速断し、時速約四〇キロメートルの速度で右折を開始し、道路遠方のみを見ながら進行して本件事故現場にさしかかつたところ、自転車に乗り左から右に道路を横断していた辰四郎を約六・三メートル前方に近接して発見し、衝突の危険を感じ、咄嗟に急制動の措置を措つたが間に合わず、被告善久運転の自動二輪車の前輪と辰四郎の自転車の前輪右側とが衝突し、辰四郎がアスフアルト舗装の路上に転倒した。

右認定の事実によれば、被告善久は、辰四郎の動静に対する注視を怠つたまま進行したため、折しも、辰四郎が横断したのを発見することが遅れ、このため本件事故を惹起させたというべきであるから、被告善久は本件事故につき不法行為者として損害賠償責任を負わなくてはならない。

また、前掲乙第三号証の六、被告善久本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告善夫は本件自動二輪車を所有し(当事者間に争いがない。)、これを自己のため運行の用に供していたものと認められるから、運転者たる被告善久に前記のとおり過失が認められる以上、本件事故につき運行供用者としての損害賠償責任を負わなくてはならない。

もつとも、前記認定事実によると、被害者である辰四郎にも、道路を横断するに際し、左右の安全の確認を怠り、被告善久運転の自動二輪車の直前を横断したものと推認でき、右過失が本件事故発生に影響を与えているものと認められる。そして、被害者の年齢、道路状況、双方の過失を対比して考えると、その過失割合は、辰四郎の二に対し、被告善久の八をもつて相当と認めるので、被告らは、辰四郎が本件事故により蒙つた損害額のうち八割を賠償すべき責任がある。

三  そこで、本件事故の損害額につき検討する。

原告らは、辰四郎は本件事故により死亡したとして、死亡に基づく損害賠償の請求をしているのに対し、被告らは、辰四郎の死亡と本件事故との間には相当因果関係がない旨主張し、これを争うので、まず、この点につき判断する。

辰四郎は、本件事故によつて、頭部及び右大腿、右下腿部に前認定の如き傷害を負つたが、前掲乙第一号証、成立に争いのない乙第三号証の七、九、第五、第七号証、第八号証の二、証人長沢文龍の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二、四ないし一五、一八、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第八号証の一、証人乾道夫の証言によれば、辰四郎の大腿骨大転子骨折は加療約二ケ月を要する中程度の亀裂骨折であつたものの、頭頂部の挫創はすり傷程度の軽いものであつたこと、辰四郎は、受傷後も意識は明瞭で、自らはたいした怪我ではないと言つて救急車の手配を拒否し、一旦はタクシーで帰宅しており、入院後も比較的元気で、病識があまりなかつたこと、CTスキヤンやその他の諸検査の結果によつても脳挫傷や脳内出血等の脳損傷はなく、他に本件事故に帰因すると思われる異常所見も見当らなかつたこと、ところが、事故から三日後の昭和五八年七月二六日午前九時頃、辰四郎は、突然意識が不明となり、尿失禁が認められ、昏睡状態に陥り、翌二七日嘔吐が発症し、同日午後一時死亡するに至つたこと、意識不明に陥つた直後のCTスキヤンの検査の結果、脳出血の所見はなく、死後のCTスキヤンの検査によれば左脳動脈閉塞の所見がみられ、辰四郎の死因は、脳血栓症(脳卒中)による中枢性呼吸麻痺であつたこと、前記打撲傷等の外傷そのものに基づいて脳血栓症がひき起こされることは通常はまず考えられず、辰四郎は、本件事故以前から高血圧症(ちなみに入院時一一〇~一七〇mmHg、七月二六日一〇四~一六〇mmHgで治療を要する状態であつた。)及び心不全に罹患し、動脈硬化も相当程度進んでおつて、脳血栓症を起こし易い疾患を有しており、同人の治療に当つた医師長沢文龍も辰四郎の脳血栓症と本件事故とは関係ないものと判断していたことが認められる。

右認定の事実によれば、辰四郎の死因となつた脳血栓症が本件事故に基づく前記外傷によつてひき起こされたとは認め難く、辰四郎の死亡と本件事故との相当因果関係を肯定するのは相当でないと解される。

もつとも、証人長沢文龍の証言とこれにより真正に成立したものと認められる乙第四号証の二一、証人乾道夫の証言によれば、外傷による心因的なストレスが遠因となつて脳血栓症がひき起こされる場合もあり得ることが認められるが、本件においては、辰四郎が脳血栓症の症状を呈したのが事故後三日目のことであり、その間、辰四郎は比較的元気で病識もあまりなかつたこと、その他傷害の部位程度に照らすと、辰四郎の脳血栓症が本件事故による心因的なストレスに帰因して発症したとも認め難い。

してみると、死亡に基づく損害賠償の請求部分は排斥を免れないことになる。

(一)  治療費 金二万五八五七円

当事者間に争いがない。

(二)  入院雑費 金五〇〇〇円

当事者間に争いがない。

(三)  付添看護費 金一万六〇〇〇円

前掲乙第三号証の七並びに弁論の全趣旨によれば、辰四郎は昭和五八年七月二三日から同月二七日までの五日間の入院期間中、歩行困難のため付添看護を必要としたので、妻の原告佐々木ミエ子、姉の菅原みのるの付添看護を受けたことが認められるところ、右付添看護料は一日金三二〇〇円、計金一万六〇〇〇円とみるのが相当である。

(四)  逸失利益 金二万四〇〇〇円

原告佐々木ミエ子本人尋問の結果によれば、辰四郎は本件事故当時一関カントリークラブにゴルフ場作業員として勤務し、日額金六〇〇〇円の賃金収入を得ていたが、前記傷害のため昭和五八年七月二四日から同月二七日まで四日間休業を余儀なくされ、そのため、その間の賃金の支給を受けることができなかつたことが推認され、これによれば、辰四郎は金二万四〇〇〇円の得べかりし賃金収入を失つたことが認められる。

(五)  慰藉料 金五〇万円

辰四郎は、本件事故により、加療約二〇日(入院を含む)を要する大腿骨大転子骨折等の傷害を蒙つたことは前認定のとおりであるから、辰四郎が、本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇万円をもつて相当と認める。

(相続)

成立に争いのない甲第三号証並びに弁論の全趣旨によれば、辰四郎の右(一)ないし(五)の計金五七万〇八五七円の損害賠償請求権につき、原告ミエ子が妻として二分の一の金二八万五四二八円を、その余の原告らが子として各六分の一の各金九万五一四三円をそれぞれ相続したことが認められる。

(過失相殺)

本件事故に関しては、被害者辰四郎にも過失のあることは前記のとおりであるから、前認定の過失割合に従い、右損害額からその二割を減ずると、その残額は原告ミエ子につき金二二万八三四二円、その余の原告らにつき各七万六一一四円である。

(損害の填補)

原告ミエ子が自賠責保険金として金六四〇万七五九二円、その余の原告らが同保険金として各金二一三万五八六四円の給付を受けたことは原告らの自陳するところである。してみると、右給付額は原告らの前認定の損害額を上回るから、原告らの損害は右保険金給付により全部填補され、損害賠償請求権は消滅したものと認められる。

四  よつて、原告らの本訴請求は、理由がないから失当としてこれを棄却することとし、民訴法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田良一)

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